京都には「京都三大祭り」と呼ばれるお祭りがあります。
7月に開催される祇園祭、10月の時代祭、そして5月にある葵祭です。
どれも歴史が深く、他では味わうことのできない素晴らしいお祭り。
今回はそんな三大祭りの一つである葵祭をご紹介したいと思います。
ぜひ最後まで読んで参考にしてみてください。
葵祭はどんな祭り?
葵祭の歴史は古く、なんと1500年前から行われている正真正銘の伝統行事です。
かつて平安時代に京の都が疫病と飢饉に見舞われた際に占いにより、賀茂の神様の怒りを鎮めることになり、御所から上賀茂神社まで馬を走らせたことが由来とされています。
お祭りの名前も本来は「賀茂祭」ですが、江戸時代に祭に参加する人が葵桂を衣装に飾ることにちなんで葵祭と呼ばれるようになりました。
前儀として5月の上旬から様々な行事が行われ、15日には平安装束を身に纏い行列が町を練り歩く「路頭の儀」が開催されます。
葵祭の起源・歴史
葵祭は、日本の京都で毎年行われる伝統的なお祭りで、その始まりは6世紀までさかのぼります。
この時代、日本を治めていた欽明天皇が、連続して起こる悪天候とその結果としての作物不足にとても心を痛めました。
そこで、天皇は卜部伊吉若日子という名の占い師に原因を調べてもらいました。占いの結果、賀茂神の不満が原因であることがわかりました。
この問題を解決するために、天皇は賀茂神を喜ばせる大規模なお祭りを開催することを決定しました。
お祭りが行われた結果、奇跡的に天候が改善し、作物も豊かに実るようになりました。
この出来事が、葵祭の最初の始まりと言われています。
葵祭には、神様への感謝と敬意を表す意味が込められており、この祭りを通じて、悪霊や祟りを鎮め、穏やかな日々を願う京都の人々の思いが表されています。
賀茂神はその後、雨や川の神様として、また農業や人々の生活を守る神様として尊敬されるようになりました。
この神様は、歴史を通じて皇室や武将たちからも深く信仰されてきました。
葵祭は、古典文学作品にも登場するほど、その美しさと重要性が認められています。
「源氏物語」では、葵祭の場面での車の競争、「枕草子」や「徒然草」では祭りの情景が描かれており、これらの作品を通じて、葵祭の魅力が後世に伝えられています。
また、歴史を通じて、葵祭は何度も中断されることがありました。
特に、応仁・文明の乱の時期や、江戸時代、明治時代には、社会的な混乱や政治的な理由により、一時的に祭りが行われなくなることがありました。
しかし、1884年に岩倉具視によって再び復活し、以降は毎年5月15日に開催されるようになりました。
第二次世界大戦中にも一時的に中断されましたが、1953年に再び復活し、現在に至るまで続いています。
葵祭が何度も復活する背景には、京都の人々が持つ、祭りと神様への深い敬意と愛情があります。
彼らは伝統を大切にしながらも、時代とともにそれを形を変えていく柔軟性を持っています。
この祭りを通じて、京都の人々は神様への感謝と尊敬の気持ちを表し、豊かな自然と調和の中で生きることの大切さを伝えています。
葵祭の斎王代とは?
葵祭には、「斎王代」というとても大切な役割があります。
この役割は、昔の日本の伝統に基づいていて、天皇が新しく即位した時に、特定の神社で神様にお祈りや奉仕をする役目を果たす、未婚の皇族の女性を指します。
この重要な役割を「斎王」と呼びます。
葵祭の日、斎王の役割を現代に再現するために、京都に縁のある未婚の女性から「斎王代」が選ばれます。
この選ばれた女性は、葵祭の行列で中心的な役割を果たし、昔の皇族の女性の姿を今に伝える大切な使命を担います。
斎王代は、伝統的な十二単という豪華な衣装を身にまとい、腰輿と呼ばれる特別な輿に乗って行列に参加します。
この衣装と輿は、斎王代が昔の皇族の女性の姿を忠実に再現していることを象徴しており、葵祭の中で最も華やかで注目される部分の一つです。
斎王代の選出は、その年の葵祭を象徴する大きな出来事となり、新聞やテレビなどのメディアではこの話題が大きく取り上げられます。
そのため、葵祭の当日には、斎王代を一目見ようと、多くの人々が集まります。
行列を見に来た観光客や地元の人々にとって、斎王代は葵祭のハイライトであり、伝統と現代が融合した美しい瞬間を目の当たりにすることができます。
このように、葵祭における斎王代の役割は、ただの行事以上の意味を持っています。
それは、日本の長い歴史と文化、伝統を尊重し、次世代に伝えていくことの大切さを象徴しているのです。
ちなみに葵祭のメインヒロインである斎王代を務める人は毎年4月に発表されます。
かつては皇族から選ばれていた斎王代ですが、今は京都にゆかりのある未婚女性から選ばれます。
葵祭の日程とスケジュール
葵祭といえば、5月15日の路頭の儀を指すことが多いのですが、5月の1日から色々な儀式が行われます。
ここではそんな葵祭の日程とスケジュールをご紹介します。
5月1日 | 13時〜 賀茂競馬足汰式 |
5月3日 | 14時~ 流鏑馬神事 |
5月4日 | 10時~ 斎王代以下女人列御禊神事 |
5月5日 | 11時~ 歩射神事 14時頃~ 賀茂競馬 |
5月12日 | 9時〜 御蔭祭 |
5月14日 | 10時~ 堅田供御人行列鮒奉献奉告祭 |
5月15日 | 10時30分~ 路頭の儀 12時頃~ 下鴨神社・社頭の儀 15時30分頃~ 上賀茂神社・社頭の儀 |
5月17日 | 献茶祭 |
5月1日 13時〜 賀茂競馬足汰式
この行事は、5月5日に行われる馬の競走に向けて、出走予定の馬たちの様子を確認するものです。
馬たちを2頭ずつ一緒に走らせ、それぞれの馬がどれだけ速く、しっかりと走れるかを見ます。
これにより、競走当日にどの馬をどのように組み合わせて走らせるかを決めるのです。
馬たちの走り具合を見るこの過程は、競走での面白さや公平性を保つためにとても大切な役割を果たしています。
5月3日 14時~ 流鏑馬神事
流鏑馬神事は、下鴨神社の広い森の中で行われる伝統的な行事です。
この行事では、約400メートルの長さの場所に、100メートルごとに杉の板で作られた的が3つ設置されます。
参加者は、伝統的な衣装を身に着け、馬に乗りながら、これらの的を矢で狙います。
的に矢が当たると、見ている人たちから大きな拍手が送られます。
5月4日(初旬の吉日)10時~ 斎王代女人列御禊神事
斎王代女人列御禊神事は、斎王代とそのお供をする女性たちが中心となって行われるお清めの行事。
この行事は京都にある上賀茂神社と下鴨神社で、毎年交互に執り行われます。
斎王代を含む女性たちが、昔の宮廷で着用されていた華やかな十二単を身にまとい、自らを精神的にも身体的にも清める儀式を行います。
具体的には、上賀茂神社では「ならの小川」という場所で、下鴨神社では「御手洗池」と呼ばれる池で、手を洗うことで身を清めます。
さらに、人形を使った特別な儀式も行われ、これらの人形に罪や穢れを託して川や池に流すことで、参加者自身の心身から不浄を祓い清めるという意味が込められています。
この神事は、古くからの伝統として受け継がれており、斎王代と女性たちの身の清めを通じて、より神聖な祭りを迎えるための準備として大切にされています。
5月5日 11時~ 歩射神事
下鴨神社で行われる歩射神事は、お祭りが安全に、そして平和に進むことを願って行われる特別な儀式です。
この儀式では参加者が矢を弓につがえ、一定の距離を歩きながら矢を射るという形で行われます。
この行為には、お祭りの期間中、参加者や見物人が何事もなく過ごせるようにという願いが込められています。
5月5日 賀茂競馬 14時頃~
上賀茂神社で開催される賀茂競馬は、古くから続く伝統的な馬のレースのイベントです。
このイベントは、1093年に当時の日本を治めていた堀川天皇の時代に始まりました。
それから長い年月を経て、現代に至るまで毎年行われています。
5月12日 9時〜 御蔭祭
下鴨神社で行われる御蔭祭は、下鴨神社の神様が御蔭神社の山で新たな力を得て若返ります。
この新しい力を持った神様を、祭りの中心として本殿にお迎えすることが大きな目的の一つです。
神様が若返るこの現象を、荒々しい力を持つ「荒御魂」と呼びます。
荒御魂を迎えることの喜びを表現するために、糺の森という場所で「切芝神事」という行事が行われます。
これは、森の中で特別な方法で草を刈る儀式で、神様への敬意と感謝を示すものです。
さらに、この神様を讃えるために、舞楽や「東游」という伝統的な舞いが奉納されます。
これらの舞いは、古くから伝わる日本の芸能で、美しい動きと音楽で神様を喜ばせることを目的としています。
5月14日 10時~ 堅田供御人行列鮒奉献奉告祭
下鴨神社で行われる堅田供御人行列鮒奉献奉告祭では、まず堅田地域をまわり、そのあと下鴨神社へ向かいます。
この祭りでは、糺の森から神社の本殿まで行列を作って進み、鮒や鮒寿司などを特別な箱に入れて神様にお供えします。
堅田は、1090年に神様へのお供え物を用意する特別な場所に指定されました。
5月15日 10時30分~ 路頭の儀
葵祭の「路頭の儀」は、下鴨神社と上賀茂神社で行われる重要な行事のための準備の一環です。
この行列は、京都御所から始まり、下鴨神社を経由して上賀茂神社まで続きます。
この行事には、さまざまな役割を持つ人々や動物が参加します。
具体的には、約500名の人々が参加し、その中には馬上の役人、検非違使(古代の警察官に相当)、山城使(地方の代表者)、御幣櫃(神様の象徴を運ぶ箱)を担ぐ人、馬寮使(馬を管理する役人)、牛車を引く牛、舞を披露する人々、近衛使(皇室の護衛を務める人々)、陪従する者、内蔵使(宮内庁の職員に相当)、斎王代(祭りの主役となる女性)、その他多くの女性などが含まれます。
また、行列には40頭の馬、4頭の牛、2台の牛車、1台の輿が加わります。
この壮大な行列は、古代からの伝統と格式を今に伝える重要な儀式であり、京都の街を彩る華やかなイベントの一つです。
参加者たちは、それぞれが古式ゆかしい衣装を身にまとい、厳かな雰囲気の中で行列を進めます。
5月15日 12時頃~ 下鴨神社・社頭の儀
下鴨神社での「社頭の儀」という行事では、天皇からの特別な使者がお祭りの言葉を読み上げ、神様へのお供え物を捧げます。
神職の人たちは、その言葉とお供え物を受け取り、神様にそれを捧げます。
そして、神様からのお返事とお礼の言葉を言います。
この儀式が終わると、2頭の特別な馬が舞いの場を3回回り、舞い手たちが神様に舞を捧げます。
さらに、馬が森の中を速く走る「走馬の儀」という行事も行われます。
5月15日 15時30分頃~ 上賀茂神社・社頭の儀
上賀茂神社での「社頭の儀」という行事は、下鴨神社での儀式の後に行われます。
この行事では、天皇から来た使者が特別な言葉を読み上げ、お供え物を捧げます。
神様に仕える人たちは、これらの言葉とお供え物を受け取り、神様の前にそれを捧げます。
そして、神様からのお返事と感謝の言葉を述べます。
この言葉は、下鴨神社と同じもので、最終的に上賀茂神社に保管されます。
儀式が終わると、2頭の特別な馬が舞いの場所を3回回り、舞い手たちが神様に舞を捧げます。
また、馬が神社の入り口の鳥居から次の鳥居まで速く走る「走馬の儀」という行事も行われます。
5月17日 10時~ 献茶祭
5月15日に葵祭が終わった後、茶道の大家である二つの流派の先生方が交代でお茶をたてる儀式で締めくくります。
上賀茂神社で行われる献茶祭は、表千家と裏千家という二つの茶道の流派が交代で参加する行事です。
この行事では、それぞれの流派の家元が特別な場所である御籍舎で、濃いお茶と薄いお茶を丁寧にたてます。
そして、このたてたお茶を神様の前に捧げるという形で奉納します。
このお祭りでは、境内に特別な席が設けられ、参加した人たちはそこでお茶をいただくことができます。
この献茶祭は、お茶を通じて神様に感謝を表し、またお茶の文化を楽しむ機会となっています。
煎茶献茶祭
下鴨神社で行われる煎茶献茶祭は、小川流の家元が舞殿でお茶をたて、そのお茶を東本殿と西本殿の神様の前にお供えします。
神社の境内には、煎茶と玉露を楽しむための特別な席が用意され、参加した人たちにお茶のもてなしが行われます。
葵祭のその他の行事
葵祭ではまだまだたくさんの行事があります。
それぞれ詳しくご紹介していきますね。
4月25日 献香祭
上賀茂神社で行われる献香祭は、葵祭の準備の一環として、お香の香りで会場をきれいにして、祭りが無事に行われることを願う行事です。
この儀式は一般の人は参加できません。
香道茶道の志野流を代表する蜂谷宗家が、特別な香りと朱の玉垣を神様の前に捧げます。
5月4日 13時~ 古武道奉納
下鴨神社での古武道奉納は、日本全国から集まった古武道の達人たちが、剣術や柔術、居合、薙刀、捧術、鎖鎌など、日本古来の武道を披露する行事です。
この奉納は、舞殿や橋殿などで行われ、伝統的な武道の技が展示されます。
5月上旬 献花祭
下鴨神社の献花祭では、華道遠州宗家一門が、伝統ある美しい手法で生けられた生花を神様に捧げます。
この行事は、初代貞松斎米一馬から受け継がれた貴重な手法を用いて行われ、神社を彩る重要な儀式の一つです。
5月上旬 献茶祭
下鴨神社で行われる献茶祭は、表千家、裏千家、武者小路千家が交代で行う茶道の奉納行事です。
家元自らが舞殿で濃茶と薄茶をたて、これを神様に献じます。
祭りの参加者は、境内に設けられた副席で、このお茶を楽しむことができます。
5月12日夜 御阿礼神事
上賀茂神社の御阿礼神事は、非公開で行われる秘密の儀式で、上賀茂神社の祭りの中で最も古く、重要な行事です。
御生野に特別な祭場を作り、神霊を榊に移して本殿に運び、神様を迎えます。
5月中旬 糺能
下鴨神社で行われる糺能は、屋外で舞台を使って行われる能楽の一形態です。
この糺能は、1464年に室町幕府の8代将軍・足利義政を前に行われた糺河原勧進猿楽が起源とされています。
このように5月は葵祭の神事が毎日のように行われます。
葵祭の見どころ
さてそんな葵祭の見どころをご紹介しましょう!
葵祭といえばやはりなんと言っても15日に行われる路頭の儀ですね。
葵祭の路頭の儀は上賀茂神社と下鴨神社で社頭の儀と呼ばれる儀式を行うためのもの。
路頭の儀では斎王代を含む約500名の人に加え馬約40頭、牛4頭、牛車2台、輿1丁などが京都御所から下鴨神社を、そして下鴨神社から上賀茂神社までを巡行します。
京都御所から町中を平安装束を身に纏った人が練り歩く様は、まるでタイムスリップしたかのような錯覚を味わえる光景。
沿道にはその行列を見るために多くの人が立ち並び葵祭・路頭の儀を楽しみます。
ほかにも3日に行われる流鏑馬神事では、馬の上から的に目掛けて矢を射る流鏑馬が見られるということで大変人気の神事となっております。
葵祭のおすすめの楽しみ方
葵祭はお祭りという名前はついていますが、神輿を担いだり屋台で食べ歩きをするといったいわゆるお祭りとはひと味違ったお祭りです。
平安装束を身に纏った行者の列を眺める風情のあるお祭りですが、特におすすめは行列が加茂川の堤防を進んでいる時です。
対岸からは行列の全体像が眺めることができ、平安時代にも同じようにこの景色をここから眺めていた人がいたのかな、と思いを馳せることができます。
また終着点である上賀茂神社で白い小石の道の上を歩く斎王代や人々は大変美しく、それだけでも一見の価値ありです。
葵祭には勅使(天皇の使者)を中心に構成されることになる「本列」と、斎王代(神社に使えた内親王の代理)を中心に構成された「斎王代列」という女性の列という二つの行列があります。
葵祭のヒロインである斎王代はメインの顔となるため「今年の斎王代は〇〇さんのところのお嬢さんが選ばれたらしいで」という話題が盛り上がるのも京都ならでは。
斎王代以外にも行列に参加している人々には、それぞれの役割がしっかりと担っています。
そうした役割を理解しながら行列を見るとより一層楽しめます。
また葵祭の名前の由来となった社紋「フタバアオイ」が祭の期間中はいたるところで飾られています。
フタバアオイがどこに飾られているか探してみるのも楽しいかもしれませんね。
まとめ
今回は京都の三大祭りの一つ、葵祭についてご紹介しました。
5月の心地良い気候の中で文字通り京都の町をあげて開催される葵祭はこれぞまさしく千年の都、京都を感じられる非常に風情のあるお祭りです。
他では味わえない京都ならではの雅で荘厳な光景ですね。
飲めや騒げやのお祭りではありませんが、趣のある葵祭は一生に一度は味わってみてほしい伝統のお祭り。
ぜひ一度5月の京都で葵祭に参加してみてください。
1500年以上愛されてきた理由が必ずわかるはずです。